性的指向

多様な性のあり方が存在しますが。
性的意識がどの方向を向いているかというのは、
実に多くの分岐点があります。
「性的指向(Sexual Orientation)」とは、
「性自認」を持つ人においてのみ有効なのであって、
それは「生物学的」な女性と男性というグラデーションに縛られることなく、
「性自認」こそ基本として考えます。そこで「同性」に惹かれる人たちを
「同性指向」といいますし、異性に惹かれる人たちは「異性指向」となるのです。
もし両方に指向をもつなら「両性指向」つまりはバイセクシャルとなるわけです。

つまり生物学的なグラデーションは「男性」であると判断されていても、
「性自認」が「女性」であると判断しているならば、
その人が「男性」を好きになることは「異性愛」として捉えるのです。
さらに一概に「性的指向」を決定することはできません。
どのような人間であっても少なからず「同性指向」や「異性指向」は持ち合わせています。
だからその中の割合で指向を決定するのです。その割合を意志で変えることは難しく、
とても困難であるでしょう。ちなみに私は「同性指向」が100%に近いという判断がされています。
このように指向は人によって様々なのです。

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2011年5月31日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:関係性

トランスジェンダー

「男」と「女」という性に二分されることはないと言うことですが、
では自分の性とはどういった判断をして認識すべきなのでしょうか。
それは「生物学的」な女性と男性にわけられるわけではありません。
自分の「性別」を認識することを「性自認」と呼びます。
「生物学的」な肉体は「女」であるのに「性自認」は「男」
であるというケースもまま存在するちおうことです。
このような「性自認」と「生物学的」な「性別」がずれることを
「トランスジェンダー(Trans Gender)」と呼びます。
性別がグラデーションとずれる(トランスする)ということです。
身体的な特徴から自分の性別を変えて「性再指定手術」
(一般的には「性転換手術」といったほうがわかりやすいでしょう」)で変えることによって、
自分の「性自認」と肉体が一致することで精神的安定を得るという人も存在します。
それはそうしなければ精神的に不安定になることもあるのです。
そのような人たちを「トランスセクシュアル(Trans Sexual)」と呼びます。
または「性同一性障害」とも呼ばれますが、しかし「障害」とついているといい気はしません。
ただ「障害」とつくことで手術が可能になっているのです。
これらの呼び方に対する議論は終わることがありません。

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2011年5月30日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:関係性

固定的!?

性に対する研究とは終わりのないものです。進めば進むほど謎が増えていき、
理由もわからないことがいくつもあります。
むしろ理由がはっきりすることが珍しくこのように「性」が
生まれるのだと断言することも非常に少ないのが現実でしょう。
人間が同性指向と異性指向どちらを持つのかなどということに解答はないのです。
どうして私たちは「同性愛」を持って生まれたのだろう。
異性を好きにならないのはなぜなんだろうといった質問に答えられる人は誰一人おらず。
そもそも質問自体が無意味ではないかとすら思えるのです。
むしろこのような質問が生まれる社会にこそ問題はあるのではないでしょうか。
異性愛こそがデフォルトだと信じられている世間ならではの疑問といっていいのです。
原因・理由がわからないことは科学にとっては日常茶飯事であり、
そのことについてもっと慣れていくことが社会の成熟に繋がると思います。

「性」の多様化は現在では当たり前のこと。
「男」と「女」に二分されるといった考えも、
最近ではそうではないと考えられるようになってきたと思います。
陰と陽がわかれるように二つに一つだと昔は信じ切られたものですが、
科学が進むにつれ精神の分離など複雑化し、容易には決定できないものだと判断されるのです。
遺伝子などできっちり別れていると考えられていたものですが、
その中間形態もあるということです。
「男」と「女」の中間である「性」だって存在してもいいでしょう。
「性は固定的」という考え自体前時代的といわざるをえません。

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2011年5月28日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:関係性

隣り合う関係

異性愛者にはある子供・戸籍・世間体という縛りが同性愛者にはありません。
だからこそ関係を続けるための努力が求められることもあります。
しかしその努力が新しい開拓地を見つけることだってあるでしょう。

ライフスタイルを模索しているのは何も同性愛者たちだけではありません。
『動くゲイとレズビアンの会』や『すこたんソーシャルサービス』などなどの団体が活動を続けています。
そのような同性愛者たちの団体は少しずつ増えてきているのです。
その団体では若者達が中心になり、様々な活動を繰り広げているそうです。
例えば海外に研究や運動をするために積極的に行ったり、
セイファーセックス・キャンペーンなどの活動も積極的に行うなど。
他には電話カウンセリング、同性愛者の親のケアなど、
様々な同性愛者たちのためになる行動が展開されているのです。

同性愛は必ずしも社会の敵ではありません。決して「異世界」ではなく、隣り合う関係なのです。
その同性愛の活動に導かれるように男女の関係も
新しいライフスタイルを模索することに繋がるのではないでしょうか。
そして身近な問題として捉えてもらえば、なおさら新しい地平が開けることでしょう。

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2011年5月27日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:性の様相

新しい生き方

同性愛者の社会の風当たりは厳しく、生きづらい状況にあるといっても過言ではないでしょう。 だからこそ、そこで価値観に縛られず、自由に生きるチャンスがあると考えるのです。同性愛にとって、 新しいライフスタイルを模索することは必ずしも不可能ではないでしょう。 ここ最近日本でも同性愛者の団体やサークルなどが活動を始めています。 今まで同性のカップルはいたのですが、動きがでてきたのは本当に最近でした。 そのコミュニティを生かしてカップル同士がコミュニケーションを取ったり 情報交換を行ったりということができるようになっているのです。 しかし、まだまだコミュニティができてきたのは最近で全てを生かし切れているとは言い難いのが現状です。 ですからここで、自分たちがお手本になろうという意志が問われてくるのです。 新しい生き方を作るというのは辛いですが、やりがいがあることだと思います。 男女のカップル、つまり異性愛者のカップルであれば様々な拘束があり、 共同生活を続けることを余儀なくされます。例えば代表的なものは子供がいるから別れられない、 戸籍にバツイチとかかれては不利益になるから、社会の目が気になって別れられない。世間体が気になるなどなど。 そのように関係を惰性で続けるカップルは多いものです。 しかし同性愛者にその縛りはありません。常に自由なのです。 法律的制度的な保証がないという不利益に対しては前向きに改善していかなければいけないことなのですが、 それでも自由は変わりません。 自由こそ新しい可能性を生むために必要なことなのです。

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2011年5月26日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:性の様相

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