とあるゲイの男性の体験談

同性愛者に理解を示すためにも、このような体験談を紹介しましょう。 去年の夏だったでしょうか、私が同性愛者だと知っている母に言われて とても感動した言葉があったんです。 母は私が同性愛者だと告げても、なかなか理解してくれず、 ようやく6年以上かけて伝えたときでした。 「あなたがゲイでよかったと思うよ。私は自分が異性愛者であるなんて自覚もなかったし、 何も知らないということを初めて実感したって思うのよ。 孫が見たいって散々言って押しつけてきたけど、 それは結局私の願望でしかなかったわね。 カミングアウトされて初めてそれがわかったよ。 同性愛についてこの年でやっと知ったけど、それで私変わったなって思ったの。 人間いつでも変われるもんだねぇ」 ……そう聞いて、私はとても嬉しかったです。 「カミング・アウト」して心からよかったと思ったし、 理解を求める努力をして本当によかったです。 そこに行き着くまでの努力は並大抵のものではなかったのですが、 それを行ってよかったと心の底から思ったものです。 なぜ同性愛者だけが異性愛者に対して、説明をしなくてはいけないのか。 同性愛者だけがなぜ不利益を被るのか。そのようなことをいくつも悩みました。 だって異性愛者は、同性愛者のことを知らなくても生きていけるのです。 そのこと自体が特権だと気づかないのです。 言ったって通じない人には絶対に通じないと思います。 母が同性愛を嫌悪していたりしたら、カミングアウトするきにすらならないでしょう。 そのような罪悪感を背負うこと自体おかしいものだって今でも私は思うのです。

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2011年6月8日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:体験談

自分らしく

依然として社会は同性愛者にとって排他的であり、同性愛者は少数派です。
偏見や差別の目がとまることはありません。
というよりも、同性愛者などいないという透明人間を見るようなスタンスなのです。
だからこそ自分というものがいないように感じて、
自分肯定ができない人はたくさんいるでしょう。
そのように「変な人たち」という風にまとめられてしまうことは大変遺憾であるのです。
ましてや「病気」として判断されることは正確ではないでしょう。
このような人間の「性」については多様性があるものですから、
その本人の性質として見ることが正しいのです。
だからこそ当事者達の声をもっときいてもらうことが必要です。
同性愛者のためのホームページなどによって
いくつかの本が紹介されているので、
ぜひとも一度目を通してみてください。
そして性的な少数派同士でコミュニティを作り、
いつかは異性愛だけが社会の常識ではなく、
同性愛も社会に認められるというものを目指していかなくてはいけません。
同性愛者が自分らしく生きられる世の中にする必要があるのです。

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2011年6月1日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:性の様相

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