本当のカミングアウトとは

「カミング・アウト」とは単純に自分は同性愛者であると相手に伝えることではありません。同性愛者であることの理解をしてもらうことこそ本当の意味での「カミング・アウト」なのです。 自分がゲイもしくはレズビアンであることはもちろん、同性愛者がどのような環境にいるのかを伝え、そして異性愛者との差異を理解させることが一番の近道なのです。自分が異性愛者だと理解すれば自然と同性愛者を受け入れる方向へとかわっていくはずです。それには長い時間がかかるかもしれませんが、どうしても必要な「過程」なのです。 ただ同性愛者だと伝えるだけでは、その場では理解をしたと示すかもしれませんが、自然と友人関係から離れていったりということが考えられます。 社会の異性愛者ではななくてはいけないという挙据え威力は予想以上に強く、それだけならばいいのですが、同性愛者を嫌悪するのが常という空気を生み出しやすいのです。 だからこそ「カミング・アウト」するときには他の同性愛者たちのことも考えて社会に対して働きかける意志というものが大事なのでしょう。 相手に本当の理解を求めねば、いつまでたっても理解されません。 例えば親に同性愛者だと告げただけでは、いつまでたっても母親が「でも結婚はするんじゃないの?」「孫の顔が見たい」としつこく告げてくるでしょう。 そのような場合でも、辛抱強く理解を求めてコミュニケーションを図ることで改善することができるのです。
つまり「カミング・アウト」をただの秘密の告白と位置づけるのはしてはならないことなのです。 ただの告白であればその場限りの開放感を得られるでしょう。しかし、その後友人が遠ざかっていったとしてあなたはそれで満足するのでしょうか。 本当の「カミング・アウト」を行うならばただの告白として終わらせない事が大事なのです。同性愛者にとっての立場を理解してもらうこと。それが本質です。 相手には自分が異性愛者であると自覚をもたせ、そして同性愛者とはどういったものなのかを受け入れてもらう。そのような過程を経て、初めて「カミング・アウト」を行ったといっていいのではないでしょうか。 社会がもつ「異性愛者」でいなくてはならないという強制力を、異性愛者は無自覚に享受しています。同性愛者だけが阻害されているという自体を何一つしっていないのです。 そのため、申告に同性愛者であるということを受け止める人は誰一人としていないでしょう。だからこそ同性愛者自体が社会にとって呼びかけなければいけないのです。 もし、あなたが母親に告白したとして、それでも真摯に受け止めなければいつまでたっても「でも結婚はするんじゃないか」「孫の顔が見たいしね」などと言い続けることでしょう。このような場合はしっかりと向き合ってコミュニケーションをとることが大事なのです。時にはそれがずっと続くかもしれませんが、根気よく付き合っていくことが同性愛者としての理解を得るためには必要でしょう。

2011年5月11日

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